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微グロ。栄シン。
意味もなく思いついたままに書いた小説。
続きから読むでどうぞ。

 腹が妙に涼しげな気がして、栄一は目を開けた。部屋の中はぼんやりと暗く、まだ日の出を迎えていないと見える。
 時計に目をやろうと身をひねれば、代わりに栄一の身にかかっていたはずの毛布を見つける。どおりで寒いはずだ、寝ているうちに蹴飛ばしていたらしい。
 最近の気温は寒暖が激しくていけない。夜中は熱帯夜だと思いきや朝は急に秋の装いを見せる。かと思ったら週末にはまた季節が戻ったりと、せわしない。
 風邪をこじらせるよりはと、寝付くときにはたいてい毛布をかけるのだが、その試みは今日も失敗に終わったようだ。腹に感じる違和感は大方冷やしたせいだろう。
 目を明けたついでに手洗いにでも行くかと、栄一は身を起こすが、それは何故か重たいものによって阻まれた。押さえ付けられるわけではなく、何かが栄一の上に乗っているというような感じだ。
 それが何なのかは、この部屋の暗さでは見ることができない。蛍光灯を点けようにも紐ははるか上方にある。
 どうしようもないので仕方なく腹の上のものをじっと見つめていると、それが人の頭の形に似ているのが分かった。さらにそれが赤茶けた色をしているのが分かってくると、栄一は嗚呼と合点がいく。
 それは同居人の頭であった。普段は襖を隔てた隣の空間に寝ているはずだが、寝呆けてここまで転がってきたのだろうか。
 それにしては襖はしまったままである。襖が開いていれば、真っ暗闇では寝付けないこの男の部屋の明かりが、入り込んでくるはずだった。
 それでも襖から漏れるかすかな光を拾える程度には闇に目が慣れてきた。その目でもう一度自分の腹を見て、栄一はようやく、「これは夢だ。随分趣味の悪い夢だ」ということに気付いた。
 夢でないはずがない。腹の上の男は栄一の腹をかっ裁き、中から内臓を引きずり出して、頬をすり寄せていたのだから。
 ひやりと感じたのはこれが原因か、まったく夢でもろくなことをしない。栄一は心の中でそう呟いた。
 いや、夢の中だからそれは実際に口から出ていたかも分からない。それを判定できるのは夢の中のおぼろげな自分と同居人のみであったが、同居人の応答は栄一の呟きにまったく関係のないものであった。
「栄一の中、温かい」
 どこか恍惚とした声を漏らし、彼は栄一の腹に手を沈める。圧迫感が身体の中に落ちてきて不快だったが、痛みが再現されていないだけましだろう。現実であったらとっくに死んでいる。
 彼はいつも栄一の唇にするのと同じように、引きずり出した栄一の内臓に深く口付けを落とす。感覚などなかった内臓はその口付けだけはやけにリアルに受け取って、唇の柔らかさから少し当たる歯の固さまで知覚することができた。慣れたはずの感触が内臓という場所で栄一を深く刺激し、心地好さを覚える。
 彼は目ざとくそのことを察知して、臓器を引っ張り栄一からよく見える位置で、いつもより長い口付けを落とす。栄一には今この瞬間、彼がどんなに情欲的な顔をしているか、鮮明に見えているような錯覚に陥った。
 陽に焼けてもあまり黒が沈着しない肌が赤に染まり、快感に溺れた瞳は焦点があっておらず、じわりとしみ出てきた涙が、海のような碧色をした目を静かに揺らすのだ。栄一はその瞳をじっと見つめるのが好きであったが、同時に見すぎると落ちて沈んでしまいそうな恐怖もこぼれてきて、先にそらしてしまう。
 今日は夢の中だからだろうか、彼の瞳を、何時間でも見ていられそうな気になってきた。暗がりが憎らしい。彼の瞳の中に明かりを投げ込んで、きらきらと戯れる光を見つめていたい。
「シン」
 彼の名を呼ぶと、彼は夢中になってすがりついていた臓器から唇を離し、あの波打つ瞳を栄一に向けた。じわじわと満潮に近づく水面のようにゆっくりと、彼は上半身を栄一の元へと手繰り寄せる。彼の瞳が拡大されていくにつれ、その色は深くなっているように見えた。
「シン、愛してる」
 小さな声で囁くと、シンはそれに応えるようにして栄一の首もとにすり寄る。頬で栄一の肌を撫でつつ、首もとをはい上がってくる。彼は栄一の唇に触れそうなほど近くでその動きを止め、栄一の頬をくすぐりながら口を開いた。
「寝呆けててんの?」

 はっきりと聞こえた音声に目を明けると、眩しい光の歓迎を受けて、栄一は思わず目を閉じ直した。部屋全体を照らす圧倒的な光量は、蛍光灯によるものではなく、紛れもなく天然の太陽からもたらされるものだ。
 朝日の入り込まないはずの栄一の部屋が明るいということは、隣の住人が起きて襖を全開にしたということを意味していた。先程まで真っ暗だと思っていたのに、どうやら日はとっくに昇ってしまったらしい。
 なんだか勝手に時間が進んでしまったような、理不尽な気持ちを覚える。そうして目を開けることを渋っていると、目蓋に指先が触れ、外的な力によって無理やり目をこじ開けられた。
「痛たたたた、痛た!」
 目蓋に食い込む爪と目を焼く光の両方に向かって叫びつつ、栄一は顔に乗る腕をはぎ取る。何をする、と朝っぱらから叫びだしたい気持ちの栄一に対して、当の同居人は飄々と言い放つ。
「よ、おはよーさん」
 あまりの軽さに怒ることも忘れて、栄一はしばし茫然としていた。そして今日が確か大学の休講日であったことを思い出すと、再び理不尽な苛立ちが蘇ってくる。
 いったい自分はなぜ起こされたのだろうか。この男は「早起きは三紋の得」と言いながらこうして起こしにくることがしばしばある。そのたびに栄一の、優雅なのんびりとした休日が奪われるのだが、理由を答えてきたことは一度もなかった。
 夢の中の栄一は腹を割られていたが、本当に腹を割って話すべきなのは彼の方だろう。願わくば夢の中と同じくらい素直であってほしい。
「何見てんだよ。夢でも現実にも俺に会えてうれしーの?」
 茶化して誘うようにくねりと身を揺らすが、もちろんこの男はてんで的外れなことを分かったうえでやっていり。生粋のひねくれものだ。栄一の願いは早くも打ち砕ける。
 だが夢の中の彼につられてか、栄一は彼の予想を裏切ってやる気になった。栄一は同居人の細い腰を捕まえて、胸の中に引き寄せる。
「そーだよ」
 片手でも抱き締めらそうな華奢な身体を、両手でしっかりと抱き込んでしまえば、彼はもう逃げられない。細腕を栄一の鎖骨に添えるが、体勢のせいかまったく力も入らないようだった。
 栄一が両腕もしっかり抱きかかえてしまえば、彼はただの籠の鳥。力の差はとうに分かり切っているからだろう、彼は抵抗を諦めると、逃れようとしていた腕を栄一の脇腹に添える。
 なけなしの反抗か、耳に近付けた唇で、彼はぽそりと呟く。
「素直すぎて微妙」
 抑揚を押し殺した声で、必死に感情隠そうとしても、無駄である。触れ合う頬の熱さで、彼がどんな顔をしているかはとっくに分かっているのだ。
 口はどこまでも素直にならない彼を、あやすようにして、栄一はぽんぽんと頭を撫でる。
「ま、俺の方は腹なんかかっさばかなくても、本音くらいいつでも言ってやる」
 夢の中の話をしても、彼には何のことだか分からないだろう。それでも栄一の何かしらの誠意は伝わったようで、彼は何か言いたげに動かしかけた頭を、再び栄一の肩に押し込める。
 栄一の肩の皮膚がつっぱり、彼が肩の上で笑みを浮かべたことを感じ取れた。歯が当たらない程度の小さな笑みは、そのままゆっくりと開き、ぽつりと語る。
「本当に腹をさばくことにならなくて良かったな」



END.

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